ヒマラヤ救助協会

“Himalaya Rescue Association”のサイトからの日本語抄訳です。

ネパール・ヒマラヤでの高山病

[はじめに]

 従来、ヒマラヤを訪れる人達は、自国でもすでにかなり登山経験を積んでおり、急性高山病(以下「高山病」)の危険性についてあらためて注意を促す必要もそれほどなく、安全登山について十分な知識がありました。
 ところが、近年は全くと言っていいほど予備知識もないまま高所に入山する人が多く、トレッキングに出発する前にぜひとも知っておいていただきたい最小限の重要ポイントをまとめました。

[ヒマラヤ救助協会]

 NGOヒマラヤ救助協会は、1973年、ネパール・ヒマラヤでの遭難者を減らす目的で設立され、寄付金により活動しております。
 現在、ペリチェ(エベレスト方面ナムチェ北4200m地点)とマナン(アンナプルナ方面トロン・ラ峠手前3500m地点)に救助拠点を置いております。ここのスタッフは世界各国からのボランティアの医師です。

[高度]

 ヒマラヤ山脈は、世界中の山のうち、群を抜く高度を誇ります。
 例えば、エベレストベースキャンプは、この山脈の足元にある登山口にすぎませんが、ここでさえヨーロッパの最高峰より1000mも高いのです。
 十分に時間をかけないとこの高所に適応することはできません。それどころか時には致命的でさえあります。また重い荷物を担ぐなど過度な運動で、高山病に罹りやすくなる人もいるようです。ポーターを雇うのはこの意味でも有用です。

 高所順応とは、高度を上げるごとに、身体が慣れていくことです。3000m以上の高度では、日程は1日に登る標高差が300-400mにとどめるよう調整するべきです。

 高所順応に十分時間をかけないために高山病の兆候が出てきた時、1日休めばなくなってしまうほど軽度なものでも、そのまま進めば帰らぬ人となってしまうこともあり得るでしょう。
 高山病についての基本的な認識があるかないかが、安全登山を左右します。症状が悪化すれば、躊躇せず休むか下りる。
 ネパールにおける高山病での死者は3万人のトレッカーのうち1人ですが、高所における危険性についての認識が高まって、すべてのトレッカーが高山病の対処の仕方を知れば、死者ゼロも夢ではありません。
 (ポーターについての統計はありません。)

[登山道]

 断崖の上の滑りやすい登山道もあり大変危険です。
 道を間違った時、高所での長時間歩行で疲れていることも手伝って、後戻りせずに急な斜面を直登したり下ったりして近道して正規のルートに戻ろうとするのはよくあることです。しかしこれで命を落としたり重症を負ったりした例もあります。道を誤った時は来た道を戻るのが鉄則です。一人で歩くのはできるだけ避けてください。同行者がない時はガイドやポーターを雇うこともお考え下さい。

[ヘリによる救助]

 軍では傷病者のヘリコプターによる救助を行っていますが、それに先だって支払いの保証をする人がカトマンズにいなくてはなりません。費用は平均$2500〜$3000かかります。カトマンズのトレッキング代理店(ヒマラヤ救助協会会員)を通じてトレッキングに行った場合はそこを通じて手配してもらって下さい。氏名・国籍・場所・傷病の詳細(高山病・凍傷・心臓病・骨折・赤痢等)をヒマラヤ救助協会、警察、国立公園、空港、軍駐屯地等の無線を使って連絡して下さい。発動までに少なくとも24時間は必要です。
 最近では緊急用救助ヘリを用意している航空会社もたくさんあります。

 個人でトレッキングに行く日本国籍の人は、日本大使館に出発前に連絡しておき、救助要請は大使館を通じて行い、救助についての一連の記録を取っておいて下さい。

[ポーターに高山病の兆候がないかどうか?]
 ポーターを雇う場合、ポーターも当然高山病にかかることは承知している必要があります。
 我々は、ポーターはだいたい高山病の知識がないので、重度の高度障害に陥ることは十分あり得ると考えています。コミュニケーションの問題と共に、仕事を失うのを恐れて、高山病の兆候があるのを隠していることも考えられます。トレッキング代理店を通じて彼らを雇用する場合、ポーターにも暖かい衣類等の装備を供与または貸与するよう求めて下さい。特に峠越えなどの場合は必ずそうして下さい。当然それらのものは与えられているはずだと勝手に思い込まないで下さい。
[高山病]
 高山病は、頭痛の他、吐き気、倦怠感、眠気、めまい、等の症状が2400mくらいの標高から出てきます。合併症として、死に至る病の高所脳水腫(HACE/以下脳水腫)、高所肺水腫(HAPE/以下肺水腫)がありますが、これはその症状が顕著になっていくにもかかわらず、さらに高度を上げて行く場合に罹ります。
 このような危険な状態になる人は、体の変化に耳を傾けず、初期症状に十分な注意を払わない人です。
 
 例えば、ナムチェで頭痛や吐き気がある時、アスピリンを服用するのがいいです。しかし、それでも症状が悪化し、吐いたり、頭が割れるように痛くなったら、これは完全に高山病です。高度を下げる必要があります。我々には全く信じられないことですが、実際にはこんな状況にありながら、単に適応力が足りないとか、インフルエンザだろうとか言って、危険な状態を直視しないで、多くの人は友人達とさらに登高を続けるのです。
 ここまで来るには、時間・体力・お金を使ってきた、あるいは、仲間のプレッシャーや、敗退を認めたくない、ということも背景にはあるでしょう。格安冒険旅行を提供する旅行会社は高山病について無知なことも多いです。
 高山病は、高所に入った後数時間ですでに体の中では進行しています。しかし、症状は徐々に現れます。だからこそ、初期症状に特に気を配ることが極めて重要なのです。「ひとに比べて特に疲労がひどい」「キャンプ地に最後に到着した」――これらはその目安になります。

 高山病の原因として考えられるのは、酸素の供給不足です。大気中の酸素の割合は一定(21%)であるが、高度が上がるにつれて酸素分圧は低下します。気圧が下がれば酸素分圧も低下し、大気中から肺の毛細血管に取りこむ酸素の量も減少します。酸素分圧の低下は、血液や各組織が低酸素状態に陥る原因となります。
[脳水腫(HACE)]
 上記頭痛や嘔吐の症状(脳水腫の兆候)がありながら、さらに高度を上げると、脳水腫に発展することがあり得ます。疲労に続いて、無気力や昏睡状態に発展する。精神の錯乱状態、あるいは方向感覚の喪失にいたることもあり得ます。真直ぐな線に沿って歩けるかどうかでテストしてもよい。酔っ払いのようなふらふらした歩き方をするなら、いのちを落とすこともある脳水腫に罹っているとしていいでしょう。すぐにだれかに付き添ってもらって下りなければなりません。この状態になればもう即刻ヘリを要請しても当然です。
 脳水腫は、恐らく脳組織内に液体成分が透過してしみわたることにより起こります。酸素欠乏により、頭蓋骨内の閉じ込められた環境で膨張し、その圧力で精神の錯乱や方向感覚の喪失という状態に陥ります。
[肺水腫(HAPE)]
 この病気は高山病が発展して起こることもあるが、しばしば高山病とは別に発生することもあります。頭痛や吐き気はないが、上りでは大変苦しく、歩き始めた当初に比べ、ちょっとの運動でもぜいぜいいうほど息が苦しくなります。咳が止まらず、風邪と勘違いすることもあります。肺水腫と断定されるまでに、無症状であることもあるし、初期段階の場合もありえます。この状態からさらに高度を上げると、休憩中でも息苦しくなります。ただちに下にくだるべきなのは言うまでもありません。さもないと命取りとなります。
 低酸素状態により肺動脈がうっ血し、血液が肺胞近くに漏出します。さらに漏出がひどくなると、血液は肺胞内に入り、咳をすると、漿液血性喀痰(おもゆ状の血たん)が出ます。このような漏出は肺の中の酸素を増すことを妨げることになります。人差し指にセンサーをつけて、オキシメーターで血液内の酸素濃度を簡単に計ることができます。肺水腫であるかどうか確認するには重宝なものです。
[高所順応とは]
 高所順応とは、身体と低酸素状態との間の「生理学的休戦状態」と言っていいでしょう。
 トレッカーがゆっくり登ることで、この休戦協定が結ばれます。(これに対して、「順化」という用語は、身体機能が恒久的に適応し、遺伝し、進化を遂げ、高所で子々孫々永住できるまでに適応するようになったものをいう。学者たちは、シェルパやチベット人は、その意味での順化を成し得たのか、調査中です。一般には順応も順化も同じ意味で使われています。)
 (【註】順化して永住できる限界高度は5300mほどとされています。順応して一時的に適応できる限界高度は7000m位とされています。)

 高所順応にとって唯一最も重要なのは、過呼吸です。トレッカーは無意識に通常に比べて早く大きく息をします。休んでいる時も酸素供給に務めています。しかしながら、一方でこの過呼吸は血液中の二酸化炭素を排出し、血液をアルカリ化して、肺におけるガス交換を抑える効果をももたらします。しかし、高所滞在48時間ないし72時間後には、肝機能が血液中のアルカリを排出し始めて、バランスのよい環境を回復してくれるので、過呼吸を続けることができます。
[高山病防止法]
 高度障害は100%予防できることはまず疑いはありません。それが原因で死亡するのは避け得ることです。過去25年間、ネパールヒマラヤ救助協会の主な目的は、ペリチェ(エベレスト方面4215m)やマナン(アンナプルナ方面3351m)の救援所などを基点として予防策を啓蒙することでありました。対策四箇条とその他重要な原則をあげましょう。

1. 高山病の知識を身につけ、兆候を見逃さない。
 冒険旅行が盛んになってきて、トレッキングも取っ付きやすく、容易なものになってきました。それに伴い、高度障害について基本的な知識を持たない人が増えてました。
2. その兆候があれば決してそれ以上高度を上げない。
 具合が悪くなって馬やヤクを使って登ろうとする人がいました。これは驚くべきことだが、私に言わせれば、災いの種を自分で蒔いているに等しい。
3. その兆候がさらに顕著になれば下りる。
 信じられないかもしれないが、60m下っただけでも劇的に高山病から回復することがあります。肺水腫、脳水腫の兆候があれば下山すべきです。
4. グループのメンバー間で監視し合う。(ちょうどスキューバダイビングで2人づつ組むように)
 たとえメンバーの中に具合の悪い人がいても、目的地に到達するのが至上命令であるかのように、この原則を毎シーズン必ず破る人がいます。高山病や、肺水腫、脳水腫に罹っている人は、同じ高度に留まり、煩わされず、一人になりたいと思う。しかしこれが致命的な結果になるパターンといえるでしょう。自分の言葉がわかる友人と一緒に低いところに下るのがベストです。

1日に上る高度を守る
 急激に高度を上げることが高山病になる1番の原因です。2700m以上では、前日の宿泊地より、450m位以上登ったところで宿泊してはいけません。日中の到達高度でなく、宿泊地の高度が問題です。高度障害はたいてい夜現れます。血液中の酸素濃度は就寝中にぐっと下がるからです。多くの登山家は、ヨーロッパアルプスや北米で4200mやそこらの高度は経験済みですが、たいていはその高度で夜を明かしたことはありません。ヒマラヤでは、4500mかそれ以上で何日か高所散歩するのに、別に特別な登山経験やアイゼン登高の技術は必要ないです。その容易さがかえって高山病になりやすい環境を提供することになります。
 高度を上げて行く途上で、必ず2,3日おきに高所順応のために停滞日を入れる必要があります。「高所に上ってから下りて眠る。」これはエキスパートの常套手段ですが、必ずしも守らなければならないというものではありません。(同じ高度での停滞だけでも効果があります。)
 トレッカーはゆっくりと登るようにするべきです。高所順応のため、日程には必ず十分な予備日を入れて下さい。2週間行程の高所トレッキングを1週間で行こうとすると、必ず問題が起きます。

初日はゆっくり
 高所では、過度な運動は高山病を引き起こします。リラックスして下さい、特に初日は。マラソンランナーや重荷を背負うのが得意な体力のある人たちは、かえって高山病に罹りやすいといえましょう。克己心が強くて体に素直でないことがあだとなるのでしょう。私はかつて、これから健脚向のトレッキングが待っているというのに、4000mのところで毎朝のジョギングの習慣をくずすことができないトレッカーのお世話をしたことがあります。この種の人たちは、自然に逆らう気持ちが強すぎるのです。

アルコールは避けよう
 ロックスターのジムは、エベレスト方面の3500m地点で4本のビールを飲んで大はしゃぎすることにした。彼はひどい高山病に罹って、2日後にヘリで移送されることになった。彼は、特に上りでは、アルコールはやるなと警告されていた。アルコールのため脱水症状になり、もっとこわいのは、呼吸困難や肺におけるガス交換の阻害を引き起こす。睡眠薬も同様に危険である。

水分を取る
 適量の水(1日3リットル)を摂取することが大切。脱水症状は高山病に似ている。また、高山病の誘引となる。反対に水を飲みすぎるのも良くない。電解質のバランスが悪くなるからだ。

炭水化物を控える
 炭水化物を控えることで肺におけるガス交換を促進し、酸素を有効利用できる。高所では米とジャガイモくらいしか主食がないので、この点条件はいい。
 (【註】米とジャガイモばかりでは、飽きてしまってたくさん食べれないこと。つまり、ポテトチップス等のスナック菓子や、ピザ、たこ焼き、ケーキといった、炭水化物を多く含む食品のバラエティーが少なく、ついつい食べ過ぎることが少ないこと。持ち込むおやつや非常食は、炭水化物をあまり含まないものにしましょう。)


薬品の利用
 Diamox (actazolamide) はレスキューの任務にあたる人やフライトでラサに向う人には有効だ。サルファ剤アレルギー体質の人は服用してはいけません。dexamethasoneは奥地に出かける人には必需品でしょう。脳水腫になった場合の救命薬だ。詳しくは次項参照。
[治療] 
1. 下山
  とにかく高度を下げるようにします。下げたからといってうそのように高山病が消えるというものではありません。しかし、患者は急に気分が良くなり、食欲が出ます。こうなるのは、そこが体が適応できる高度だということです。肺水腫の患者はゆっくりとガイドと共に下る必要があります。下降中でも過度の運動は肺への血液流入を促進し病状を悪化させます。
2. 酸素補給
  高山病の主要な原因は高所における酸素不足です。酸素吸入をすると目に見えて病状は好転します。酸素は山岳地では簡単に手に入らないし、持ち運びも容易ではありません。もし入手できるなら使用されるべきです。
3. 
  “Acetazolamide (diamox)”: よく使用される薬で、Dexamethasoneと違って、症状を抑えるものではなく、実際に治癒してくれるものです。これはアルカリ(重炭酸ソーダ, 重曹)を小便の中に排出することで血液を酸化し、順応にとって重要な肺におけるガス交換を促進する働きがあります。
 予防には、1日125mgを2回服用。効果的使用法としては、高所に至る前夜から服用し、その後3日間続けて服用します。これ以上の服用には副作用が伴うでしょう。
 この薬の副作用としては、指先や顔がヒリヒリチクチクする、炭酸飲料の味がなくなる、利尿が頻繁になる、まれに目がかすむ。
  “Dexamethasone”: このステロイド剤は、脳水腫にかかっている患者には救命薬となります。はれ、むくみを鎮め、頭蓋骨内の圧迫を減少します。1日3回、4mg。通常、服用後6時間で顕著な効果が現れます。後述のガモウ・バッグのように、特に夜などで下山が難しい場合に時間稼ぎとなります。翌日患者を下ろすのがいいです。ダイアモックスとは違い、この薬を服用しながら登高するのは賢明ではありません。ただ症状を一時的に抑えるものです。
  “Nifedipine”: 通常これは高血圧用のくすりである。低酸素状態で引き起こされる肺動脈狭窄を弱める効果があるとされ、酸素の流れを改善してくれるので、肺水腫の治療に使用されます。しかし、残念ながら、脳水腫に対するDexamethasoneのような驚くほどの効果は、いつも期待できるとは言いがたいです。20mgを6時間おきに服用します。
 服用後急激に血圧を下げるので、臥座の状態から起き上がる時は、患者はゆっくり立ち上がるよう注意する必要があります。この病気にかかったことがある人には、同量の服用で、肺水腫予防にも使われています。
4. 高圧バッグ(ガモウ・バッグ)
 気密性のナイロン製で、簡単ではあるが効果のある装備です。210cmの長さで、長いダッフルバッグといったところです。患者を中に入れて足踏みポンプでふくらませると、大きなソーセージ状の風船のようになります。中に二酸化炭素が溜まらないよう一方通行のバルブがついています。中の患者と話がしやすいように、透明のパネルもついています。中の気圧は2 p.s.i.で、600m程高度を下げるのと同じ効果があります。肺水腫、特に脳水腫では、劇的な効果が1時間後に現れます。しかし、2,3時間後には元の状態に戻ってしまうことがあるので、患者は再度、ガモウ・バッグに入る必要があるかもしれません。dexamethasoneと同様、ガモウ・バッグは時間稼ぎ効果があるだけなので、できるだけすみやかに下山しなければなりません。
【註】薬品等のご使用にあたっては、必ず高山病に明るい医師の処方を受けて下さい。上記資料は参考に留めて下さい。H.S.A.JAPANでは、このページの翻訳資料を参考にしてトラブルがあったとしても、一切免責とさせていただきます。(森崎)

提供: ヒマラヤン・シェルパ・アドベンチャー メール

【ヒマラヤ救助協会】 カトマンズ市ターメル, 電話: 977 1 440292 / 440293
 

リンク

光線過敏症を起こす可能性のある薬剤
 「光線過敏症の記載がある薬」のリストに、高山病に効くとされるダイアモックス(アセタゾラミド)やラシックス(フロセミド)が含まれています。

妊娠中の投薬とそのリスク
ここでも、ダイアモックス(アセタゾラミド)やラシックス(フロセミド)が含まれています。

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