H.S.A.ご利用の方の声

 メールでのご感想

 

 H.S.A. ご利用の方の声

 声2003年

もっと知りたいシェルパ

カラパタール&エベレストBC・トレック
2003.9.17〜10.7


まず、高度による体への影響ですが、私は全くの素人で、登山経験も無かったので、3000M以上の環境は正しく未知なる世界でした。
最初に体調に変化が出てきたのは、ナムチェでした。
頭痛はひどくなかったのですが、やはり頭に酸素がいかないようで、頭がとても重く感じました。
そして、とても体がだるく感じました。
これは、ただ単に日頃の運動不足のせいかもしれませんが…。
皆さんは酸素が薄いとなかなか眠ることができない、と書かれていましたが、私は逆に睡魔が襲い、眠ってばかりいました。
ナムチェからタンボチェまでが一番つらく感じました。
途中のプンキ・テンガで、頭痛がひどくなり、とうとう薬を飲んで2時間ほど眠りました。

タンボチェでは、かなり頭が重かったのですが、朝起きて朝食を食べてから、少しまた眠ったらすっかり良くなり、ディンボチェまで何とかたどり着く事ができたのですが、ロッジに着いてから、一気に食欲も無くなり、頭の重さも最高潮に達し、本当に何もしたくないほどでした。
水も比較的多めに飲んだのですが、あまり体調は良くなりませんでした。
結局、ディンボチェに3日間滞在し、体調の回復が見られなかったので、パサン・ダワ氏の判断で、これ以上高度を上げることは危険という事で、カラ・パタールを断念しました。

私は喫煙もしないので、健康だから大丈夫!!と思っていたのですが、やはり、高度環境では関係無いみたいですね。
頭痛というより、頭の重さ、体のだるさ、運動不足が辛かったです。
後、少し風邪をひいてしまった事が、さらに拍車をかけてしまいました。
汗をかいて、そのままにしがちだったのが失敗でした。

天候ですが、森崎さんもご存知の通り、空港で四日間ひたすら待ち、五日目にしてようやくルクラへ旅立つことができました。
山の天候は、大きな雨には降られることはありませんでしたが、比較的曇りの日が多かったです。
全体的に、天気が良かったとは言えなかったと思います。
カトマンズの空は、とても青く晴れていたのに、朝10時頃には、飛行機のキャンセルが決まってしまった時の、なんとも言えない気持ちは、今でもよく憶えています。

治安は、またこれも運良くマオイストのストライキと重なってくれましたが、悪くはなかったと思います。
ただ今後のマオイスト達の動静にもよると思いますが、カトマンズ・ポストには、連日マオイストのテロのニュースが掲載されていましたし、それによる死傷者の記事もでていたと思います。
プルバ社長宅で、ドイツ人のご夫婦から、トレッキング中にマオイストに出会い、色々と話しかけられたという話を聞きました。
何れにせよ、注意は必要だと思います。

今回は、ストライキと飛行機のキャンセルが重なった事により、逆に、旅が非常に思い出深いものになりました。
結局カトマンズにいる間は、ずっとプルバ社長宅にお世話になり、ホームステイをさせて頂く形になりました。
そこで、ネパール・シェルパの人々の文化に、触れ合う事ができた、その事が私にとって、一番貴重な経験となりました。
森崎さん御夫妻のお写真も拝見させて頂きました。
(奥様は本当にお綺麗な方で、驚きました。)

プルバ社長のご両親と一緒にバクタプルへ行ったり、奥さんのカンチーさんからネックレス(シェルパ語でジ?でよろしいのですよね?)を頂いたり、息子のオンジュくんと凧揚げをしたり、娘のタシちゃんとバトミントンをして遊んだり、料理人ニマさんとキャンドウちゃんには美味しい料理とお茶を沢山頂き、書生のチリくんにはガイドをして頂いたり、もちろん、ヤビンドラと2人で夜のカトマンズの街へ遊びに出掛けた事も、忘れられない思い出です。

本当に言葉では言い表せないほどに、皆様に感謝の気持ちで一杯です。

ただ一つ、本当に悔しい事は、自分の英会話力の無さです。
英語がもっと話せれば、プルバ社長や奥さん、ガイドのパサンと、もっともっと色々な事を話す事が出来たと思います。
プルバ社長はとにかく素晴らしかったし、奥さんのカンチーさんは、アメリカで働いていたという事で、英語がお上手でしたし、パサンも本当に英語が上手でした。
純粋に英語を勉強したい!と思いました。
後、パサンにシェルパ語を少し教えて頂いたのですが、もっとシェルパ語やシェルパの人々の文化・習慣について勉強したいと思うのですが、何か良い書籍等をご存知でしょうか?
大学の図書館で検索をしたのですが、中々良い書籍を見つける事ができませんでした。

今回、自身の貧弱さのせいでカラ・パタールに到達出来ませんでしたが、必ず、もう一度、ガイドのパサン・ダワとポーターのカミと一緒にトライしたいと、思っております。2人とも本当に最高のパートナーでした。

長文になってしまい、大変申し訳ありません。

最後に、様々な出会いのきっかけを作って下さった森崎様に、心より感謝いたします。
本当に有難うございました。

                                                 Mr.HY
                                              2003.11.1

 メールありがとうございます。
 大変眠かったということですが、風邪薬でも飲まれたのでしょうか。
 何度も眠っておられる間、ガイドはきっとこのままずっと永久に?眠ってしまうのでは・・と気が気ではなかったのではないでしょうか。
 ガイドのアドバイスに従って下山されて良かったと思います。
 目的のカラパタール等に到達できなかったのは何よりも残念でしたが、まだまだこれから機会もあります。次回は高度の影響が全くないということもありますので、あまり気に病むこともないでしょう。
 9月や12月などはフライトキャンセルが時々ありますので、次回はもっといい時期に出かけることができればいいですね。

 これまで高度障害についてのレポートが少なかったので、きっとこれから臨まれる方にとっていい警鐘となるご報告だと思います。
 風邪をひくのはぜひ避けたいものです。
 できるだけ汗をかかないような工夫が大切です。
 歩き出しは寒くても歩いているうちに暖かくなってくるので、汗をかく前に、面倒でも荷物をおろして衣類を1枚脱いで、休みの時にはにはまた羽織り、風が出てきたらウインドブレイカーを着る、といったこまめな対応で常に体温を一定に保つようにすることが肝要です。
 汗をかいてそのままにしておくと体温が冷えてきますので、すぐに着替えをすることや、濡れても暖かく、また乾きやすい素材を選ぶことが大変大事です。

 旅は、どれだけ相手の国のカルチャーや人々の中に食い込んだか、ということによって想い出の強弱が決まる、といってもいいと思います。
 ネパールトレッキングの魅力には、ヒマラヤの純粋な自然のほかに、そこに住む人々や興味深い暮らし方の要素が大きな花を添えています。
 HSAのリピーターの中には、だれそれと再会したい、というのが旅のひとつの目的である方もおられます。
 現在、HSAでは、ロッジの完備していない地域でのホームステイを基調としたトレッキングルートを開発計画中です。
 もっとディープな旅ができるトレッキングになると期待しています。
 ただ、このような地域は、現在マオイストが勢力を及ぼしているところでもあり、この状態が解決するまで当分の間、実施されることはないでしょう。
 主権在民というか、自分たち自身で政治を担っていく歴史の浅いネパールは、現在、政治の試練期とも言われています。試行錯誤の中では、暴力的な手段に訴えるやり方も出てきます。早く平和なネパールが実現するよう祈っています。

 今回は、フライトキャンセルやマオイストといったマイナス要因がありましたが、償って余りある経験がありましたね。
 言葉については、皆さん旅行から帰ってくるたびに語学の必要性を痛感されます。
 語学はとにかく持続することが第一です。
 いかに熱意を持続させるか、それが継続して語学力を高めていく上での要です。
 基本的な文法と構文や会話の決り文句を頭に入れたら、あとはただひたすら耳を通じて言葉にふれることをおすすめします。現在はリスニング教材が大変豊富で無料でもその気になればいくらでも収集可能です。プルバは学生の頃、カトマンズのブリティッシュ・カウンシルでアメリカ映画のビデオを見て英語を学んだといっていました。
 うちのラッキーさんは、日本語で自動車免許試験に合格しましたが、本での日本語の勉強はしていません。ただ人の会話に耳を傾け、テレビドラマで憶えたきりです。「こうぼうもふでのあやまり」とかのことわざも駆使しています。
 カトマンズの私立学校では6歳から国語以外の授業を英語でやっているので、大変上達が早いです。
 英語のサイトでは、
http://www.npr.org/programs/re/archivesdate/2003/apr/everest/index.html
 などのヒマラヤ登山に関するものとか興味のあるもので耳を慣らしていくのが持続する意味でいいと思います。
 このサイトでは、Sir Edmund Hillary の息子の Peter Hillary と、Tenzing Norgay の息子の Jamling Tenzing Norgay がインタビューを受けています。
 同じく、Jamling Tenzing Norgay が書いた「エベレスト50年の挑戦」(廣済堂出版)は、シェルパの考え方、宗教感、西欧文化との葛藤などが登山を通じて描かれていて興味深いです。
 「シェルパ ヒマラヤ高地民族の20世紀」(茗渓堂)というのも参考になるかもしれません。
 【関連リンク】
シェルパ文化
HSA.JAPAN 森崎