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Mt.EVEREST    

8850m

エベレスト(エヴェレスト)
サガルマータ(Sagarmatha)
チョモランマ(Chomoranma)
埃佛勒斯峰
珠穆朗瑪峰


ここでは、エベレスト登山を目的とした情報ではなく、特に興味深い書物、ホームページのご紹介をします。
最近のエベレストについてのテーマ、[Everest Disaster,'96]と[マロリー遺体発見]の2つの話題にしぼりました。
1995年以前の書物については、「新版・ヒマラヤ文献目録」「ヒマラヤ名峰事典」(ともに薬師義美著)が詳しいです。

【エベレストの記録】もご覧下さい。

 

Everest Disaster, '96

エベレスト大量遭難

1996年、プレモンスーンの5月10日、公募隊を主としたいくつかの登山隊が、いくつかの要因が重なって、大量遭難者を出した。
これについては、いくつもの書物やHPが扱っている。
ここには、現在のエベレスト登山、公募隊というもの、ビジネスとしてのエベレスト、プロガイドの役割、シェルパの役割等のさまざまな要素について考えさせられる。
日本人も参加したロブ・ホールの公募隊参加費は1人$65000であった。

1. ジョン・クラカワー「空へ」文芸春秋(1997年刊)
Jon Krakauer "INTO THIN AIR" Random House(1997), Macmillan(1997), PAN Books(1998)
著者はロブ・ホールの公募隊に参加した登山家であり、ライター。
商業登山公募隊の実態、隊長、ガイド、参加者それぞれの経歴等幅広く言及し、ヒマラヤ登山界の一面を伝えるこの件に関しての必読の一著。
同日、マロリーたちと同じルート:チベット側北東稜からアタックしていたラダック人3人は午後4時に到達した8700m地点を頂上と誤認し、下山中に遭難した。
翌11日、後から来た日本人隊2人が息絶え絶えの3人を尻目にそのまま登頂し、下山時も助けることなく登山を続行したと、著者は冷たく描いている。
一気に読めるお勧めの一冊。英語版も、平易で読みやすい。
著者はシアトル在住。

2. アナトリー・ブクレーエフ+G・ウェストン・デウォルト「デス・ゾーン」角川書店
Anatoli Boukreev & G. Weston DeWalt "The Climb" St. Martin's Press (1997)
著者はスコット・フィッシャーの公募隊にガイドとして参加した世界有数の登山家。
上記「空へ」でクラカワーに自分の行動を非難されたが、本書では違った角度からこの登山遠征を報告し、自己の行動を弁明している。
ロシア人のため、代わりにライターのG・ウェストン・デウォルトが英語で本書をまとめた。
ブクレーエフは、本書出版直後、アンナプルナで雪崩に巻き込まれ、遭難死した。

 

3. ブロートン・コバーン「エベレスト―非情の最高峰」日経BP(1998年刊)
Broughton Coburn "Everest: mountain without mercy" Random House(1997)
グラフィックな大判の本書は、救援にはあたったが、遭難の当事者ではないだけに、より客観的に実態を伝えている。
著者は、映画「エベレスト」のアドバイザー。

4. David F. Breashears "High Exposure: An Enduring Passion for Everest and Unforgiving Places"
映画「エベレスト」製作のための遠征隊長、共同監督であったブレッシャーズによる記録。アメリカ人。

5. Beck Weathers and Stephen P. Michaud "Left for Dead: My Journey Home from Everest"
目が見えなくなって登頂を思いとどまり、ガイドが戻るのを待っていたウェザーズは、その後、登頂を果たして下山してきた他の隊員たちと暗闇を彷徨することになる。
発見された時は、息がないと判断されて見捨てられた。が、驚くべきことに18時間後、サウスコルのキャンプに自力で戻ってきた。
妻が手配したヘリを、同じく瀕死の台湾隊隊長高銘和に譲り、自らはカトマンズの病院に二番手に収容された。凍傷のため、両腕と鼻を失った。
忍耐と精神力を感じさせるテキサスの病理学者の記録。

6. Lene Gammelgaard "Climbing High: A Woman's Account of Surviving the Everest Tragedy"
マウンテン・マッドネス公募隊の隊長スコット・フィッシャーの友人であり、その隊に加わった著者による手記。デンマーク人女性。

7.Goran Kropp "Ultimate High: My Everest Odyssey"
スウェーデンから自転車で来たクロップは、結局登頂を果たし、再びスウェーデンに自転車で戻った!

8. Matt Dickinson "THE DEATH ZONE" Random House

 

 

 

  

 

マロリー遺体発見 '99

エベレスト初登頂! マロリーか、ヒラリーか?

1953年5月29日にヒラリーとテンジンが、ネパール側からエベレスト登頂を果たした。
その29年前、1924年6月8日にマロリーとアーヴィンがチベット側から頂上に向かった。しかし2人は戻らなかった。登頂したかどうかは不明であった。

1. ヨッヘン・ヘブラム他「そして謎は残った」文芸春秋(1999年刊)
Jochen Hemmleb, & others "Ghosts of Everest" The Mountaineers Books(1999)
1999年5月1日、「マロリー/アーヴィン調査遠征隊」により、マロリーの遺体(
写真c Mountainzone.com) が発見された。
75年間もそこにあったが、白骨化しておらず、象牙のような肌のマロリーの遺体は衝撃的だ。
粗末な装備と衣類で、未知のルートに果敢に挑んだ初期のこのような登山家たちこそが偉大だ。例えマロリーたちが初登攀の栄誉を勝ち取ることができなくても、その存在感は歴史上重みのあるものだ。
調査遠征隊というだけに、本書はやや細かすぎる報告があるが、マロリー達の偉業を十分に伝え、将来への発見に読者の希望をつなぐ。
ヒマラヤ登山史に欠かせない一書であることは間違いない。

 

2. David Breashears, Audrey Salkeld "Last Climb: The Legendary Everest Expeditions of George Mallory" National Geographic Society (1999)
マロリー自身によって取られた写真や遺体発見までの豊富な写真で綴るその生涯。

3. ホルツェル&サルケルド「エヴェレスト初登頂の謎―ジョージ・マロリー伝」中央公論社(1988年刊)

 
[リンク]

MountainZone.com
上記2つのテーマについて詳しい


The Altitude Everest Expedition 2007
エベレスト東南陵のコース解説。エベレスト登山の動画。マロリーの記事。

ヒマラヤ登山・トレッキングの手配は、
ヒマラヤン・シェルパ・アドベンチャー
→ ネパール・ヒマラヤ登山の手引き

  

 
 

エベレストの記録 (2007.05.26 現在)

<参考>「エベレスト―非情の最高峰」(日経BP)
NEPALESE CLIMBERS on Mount Everest
「信濃毎日新聞」
その他、海外ホームページ

初登頂

1953.05.29

エドモンド・ヒラリー(NZ,2008.01.11に死亡、享年88歳)& テンジン・ノルゲイ・シェルパ(ネパール)。女性では、田部井淳子(1975年)
無酸素初登頂

1978.05.08

ラインホルト・メスナー& ペーター・ハベラー(オーストリア)

単独初登頂

1980.08.20

ラインホルト・メスナー(イタリア)

最多登頂 

2007.05.16 

アパ・シェルパ  17回、無酸素登頂(1960年生まれ)。

最年長登頂 

2007.05.22

柳沢勝輔(長野県上田市)71歳
2006.05.17 荒山孝郎、70歳7カ月と13日(2位)。2003年5月三浦雄一郎、70歳7カ月と10日(3位)。
女性では、2002.5.16 渡辺玉枝(63歳)

最年少登頂

2003.05.22

ミン・キパ・シェルパ(ネパール女性/15歳)

外国人最年少は、Samantha Larson (18, アメリカ)。サマンサ(女性)は父David(51)と共に登頂し、父娘同時登頂初記録ともなる。(2007.05)

盲人初登頂

2001.05.24

エリック・バインメイヤー
7大陸最高峰も登頂。

最短時間登頂

2004.05.21

ペンバ・ドルジ・シェルパ (26歳), ベースキャンプ(5300m)から、8時間10分で登頂。

頂上最長時間滞在

1999.05.07

バブ・チリ・シェルパ (33歳)21時間滞在

ヘリ初着陸 2005.05.14 Didier Delsalle (48, フランス)は、Eurocopter (フランスの会社)のヘリ(AS350 B3 helicopter) で、初めてエベレスト頂上に着陸した。

これまでヘリ着陸最高所は、6,096mであった。(ネパール空軍中佐:Madan Khatri Chhetri が、1996年に、Beck Weathers と Makulu Gau を、Camp I で救出した時)
(参考)これまでのヘリ到達最高所は、12,442mであった。 by Jean Boulet in 1972
携帯初コール 2007.05.21 Rod Baber (イギリス)、初テキストメールも送ったとのことである。
China Telecom
はチベット側に中継基地を設置し、エベレスト北稜からの電波をキャッチできるようサポート。

登頂者数

1200人以上
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エベレスト登山 公募

NEPALESE CLIMBERS on Mount Everest

By Ang Phurba Sherpa
and Ramesh Raj Kunwar

(Modern Printing Press, Kathmandu)

1st Edition 2002, 1000copies

Hard Cover Rs.1100
Soft Cover Rs.700

ISBN: 99933-756-0-8

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2001年までの全ネパール人登頂者の顔写真入りリストと個人情報。
巻末に外国人、女性、無酸素、死亡、等の登頂者リストもある。



Everest Summiteers Association

Summiteers Profile には、ネパール人のエベレスト登頂者リストがあり、写真と個人情報が掲載されている。こちらは世界のエベレスト登頂者リストです。




◆以下の表で、日本が常に最年長登頂(最高齢登頂)を独走している底力がわかる。
健康寿命が75歳。この年齢で登頂すればすごい。まずこの年齢が限界であろう。
考えてみれば、日本人よりシェルパのほうが強いから、シェルパが記録を打ち破ってもよいはずである。
そうならないのは、75歳ともなれば全くの自力登山ではなくサポーターに依存しないではできないのが通常だが、シェルパがシェルパのガイドを金を出して雇うというのはあまり考えられないことによるといえるかもしれない。でもリッチなシェルパもいるから、これからのことはわからない。 



上記記事は数年前のものであるが、いよいよネパール人登場!

三浦雄一郎さんの2008年エベレスト登山
75歳の三浦さん世界記録なるか
あるいは、・・・
Min Bahadur Sherchan(77歳、ネパール人)も、最高齢登頂を目指して今年2008年にエベレストに挑む。残念ながら我がシェルパ族ではなく、タカリ族である。
彼がエベレスト登山の意向を発表したのは、エドモンド・ヒラリーが他界した翌日のことである。高齢者に元気を与え、ネパールの若者を鼓舞したい、そんな願いを語った。
Pemba Dorji Sherpa など12人のベテランシェルパがサポートする。(2008.1.25記)


社会実情データ図録より転載

 

リンク

Everest News

All Mount Everest summiteers
エベレスト登頂者リスト

http://www.nationalgeographic.com/everest/
ナショナル・ジオグラフィックのエベレスト50周年特集


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