“You are now on the peak”

タルプ・チュリ登山、2000年4月。
1999年11月のアイランド・ピークに続いて2つ目の
Trekking Peak 登頂。
猪口春秋さん(単独)、2回目のH.S.A.のご利用です。

 (ご質問のある方は直接猪口さんまで。メール

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  タルプ・チュリ(テントピーク)山行報告

  4月1日〜4月16日 報告=猪口

 メンバー=猪口、ラクパ・シェルパ,リンジ・シェルパ(コック)、キッチンボーイ2人、ポーター2人。            

 アンナプルナの南、タルプ・チュリ(Tharpu Chuli。別名テントピーク=5700m)に登ってきました。

アンナプルナのベースキャンプまで5日。6日目にタルプチュリ・ベースキャンプに入る(2時間半)。その朝、ある外国人が「ABC(アンナプルナ・ベースキャンプ)から5日かかった。10時過ぎると雪が腐って手におえない。5人で行ったけど3人しか登れなかった」と言っていたのが気になった。

第7日 タルプ・チュリ・ベースキャンプ〜タルプ・チュリ頂上(5663m)〜ベースキャンプ。午前3時30分登攀開始〜頂上10時22分 頂上発10時40分〜ベースキャンプ帰着15時20分

午前2時半行動開始の予定が、なぜか3時半にずれ込む。ラクパはあせる様子もない。1時頃からホエーブスを燃やす音はしているのだが、一向にティーを持ってくる気配もない。前日聞いた白人の話が気になって早く出たいのだが。ようやく食事を運んでくるが,これがまた小生には重い。アタックの時は軽いものがいいのだが。前回は確かティーとビスケットという食事で,出発も起きてから30分くらいではなかったか。

 3時30分出発。夜半は満天の星だったが、今は漆黒。しかし、シェルパはヘッドランプもつけない。最初はなだらかな雪面を南に向かってゆっくり登っていく。所々トラバースをしたり、ある部分は土が露出して、クランポンでは歩きにくかったりするが、構わず進む。しかし、5000mを過ぎるあたりから足が出なくなる。高度計のついた時計を15分おきくらいに覗くが、はかどらない。別に呼吸も苦しくないし、異常はないのに。これが高度の怖さなのだろう。ようやく、ABCからもよく見える、クーロワールが何本も走っている雪壁の、右から二番目のクーロワールの基部に辿り着く。そこから見ると高々50m位のもんだろうと高を括っていたが,どうしてどうしてなかなか長い。それに急だ。あるガイドブックにはもうちょっとある。ラクパはこのガイドブックによると最高55度の傾斜と書いてあるが、心理的サミットは一度登っているのだが,その時より雪が深く、ずっと難しいと言っていた。彼のクランポンがやや不調で蹴り込めない。見ていてもやや不安なので,小生のピッケルを貸してダブルアックスで登ってもらう。私はなんとかアイゼンを蹴り込みながらセカンドで続く。ところどころコンテ。この壁に一時間以上かかる。一時間半近くか。ガイドブックには合計で150mとあるが、これまた心理的には250mくらいある。ここが核心か。

そこを過ぎると頂上へ続くリッジに出る。しばらく登ると、いつの間にか悪化してきた天候で,小雪のちらつく中に頂上は遥かかなたに霞んで見える。体はさらに重くなる。「あと1時間半くらいかかるかな?」と、「もっと近いよ」という返事を期待しながら聞くと、「まあそのくらいだね」とつれない返事。実はこの時「これはだめだ、頂上は踏めない」と覚悟した。「でも、せっかくここまで来たんだから、頂上は見ないで、一歩ずつ行こう」と歩数を「一、二、三・・・」と数えながら20までは休まないという課題を自ら課してまた歩き始めた。今から考えれば、ずいぶん惨めな格好だった。なにしろ自分の足元だけを見つめながらぶつぶつと数を数えて歩いている。何回20まで数えただろうか。ラクパが止まった。そしてもう歩かない。顔を上げると視界は100メートルほどだが,周りにここより高いところがない。「おい、ここが頂上じゃないだろうな」とラクパに聞くと、にっこり笑いながら「Yes, you are now on the peak」と言って握手を求めてきた。あと一時間半と思ってからたったの30分。心理的距離は実際の距離より長かったのだ。あるいは覚悟を決めてから、登る速さが確実になったのか。

 下りは登りよりずっと慎重に降りた。頂上からのリッジも、確実にピッケルを深く刺しながら降りる。しかし、ある地点から斜度が落ちた事もあり,速度は速まる。だが、例の雪壁は登りよりさらに慎重を期そうとした。アンザイレンして小生が先にクライムダウンで降り、ラクパは最初のワンピッチはセルフビレイを取るが、適当なビレイポイントがない為もあり,その後はほとんどフリーで降りてくる。相変わらずクランポンは不安定だが,登るときより不安感はない。彼の技量が分かったから。

 核心部は降りた。しかし、その後の長かったこと。途中、心ならずもラクパに腕を支えられたりした。ベース帰着午後3時20分。

 その夜,暴風雪となる。雷が頭のすぐ上を乱舞する。テントから頭を出してみれば,アンナプルナを背景に,稲妻が縦横に走り回る凄い風景が見られたに違いない。でも首を雷様に持っていかれる恐怖の方が強かった。夜半、私のテントは完全につぶされた。(帰路はポカラまで四泊五日)

コメント

 前回のアイランドピーク(6189m)より標高は低く、技術的にはちょっと難しい山を,と思って選んだ。たしかに今回のような急な雪壁はアイランドピークにはなかったし、楽しめた。などと書けるのは、登った後だからだ。登攀中は、上にも書いたように,途中では頂上を踏めるかどうか,真剣に思った。多少標高が低いからといってそれほど楽な訳ではない、というのが今回の教訓。タルプ・チュリの方が、ベースキャンプへのアプローチから既に登攀という感じで、しかもアタックも、斜度の緩いところをかなり歩いているうちに体力を消耗する。それから核心部が出てくる。つまり、ボディーブロウが効いた頃に核心が出てくる。

 雪は時間が遅くなっても腐らなかった。それだけ気温が下がったからだろう。ドピーカンだったら分からない。

 

●猪口さんの
アイランド・ピーク報告(1999.11月)
アマダブラム報告(2001.11月)
もご覧下さい。

 


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